アーノルド・シュワルツェネッガー

政治家への華麗なる転身も成功した知性も兼ね備えるアクション俳優
主演作「コラテラル・ダメージ」(2001)が4月1日(日)にテレビ朝日系で放送。今やすっかり政治家としての地位を確立したシュワルツェネッガー。青年時代はボディービルダーとして名を馳せていたが、その筋肉質な体格を生かして「ヘラクレス」('70、日本未公開)でのヘラクレス役でスクリーン・デビューし、俳優に転身。同作ではアーノルド・ストロングという名前でクレジットされ、英語のセリフがオーストリアのアクセントが強かったため、アフレコがあてられた。その後、たくましい肉体を持つ不屈の闘技士にふんした「コナン・ザ・グレート」('82)で注目され、「ターミネーター」('84)では持ち前のボディーと彫りの深いごつい顔が、感情を持たない不死身の暗殺ロボット役にピタリとはまり、「ターミネーター3」(2003)までドル箱シリーズとなった。以降、「アーノルド・シュワルツェネッガー ゴリラ」('86)、「レッドブル」('88)などで“誰もかなわない強い奴”を演じてヒットを飛ばす。そんな彼の俳優生活で転機となったのが、コメディー「ツインズ」('88)への出演。ごつい容姿と裏腹に、笑いも取れる俳優へと芸域を広げることに成功。一躍ハリウッドのトップ・スターへと上り詰める。そして2003年8月、カリフォルニア州知事選へ立候補し、同年10月に見事、知事に選出される。さらに2006年11月に行われた州知事選挙では再選を果たし、2期目の知事に就任。そのため、ここ数年は映画出演からは遠ざかっているが、映画の中で演じた強くて行動力のあるヒーロー像は、常に先を読み、新しいことにチャレンジして努力し続ける彼自身と重なる。

PROFILE
'47年7月30日、オーストリアで農業を営む警察官の父のもとに生まれる。15歳でボディービルを始め、数多くの大会で優勝後、アメリカに移住。ウィスコンシン大学で経営学と国際経済、UCLAで心理学を学ぶ。自ら書いたボディービル関連の書籍がベストセラーとなり、TVのスポーツ解説などで活躍。「コナン・ザ・グレート」('82)の主演で注目され、SFアクション「トータル・リコール」('90)、アクション・コメディー「トゥルーライズ」('94)などでヒットを連発。また不動産業、ボディービルのジム経営のほか、シルベスター・スタローンやブルース・ウィリスらとレストラン・チェーン“プラネット・ハリウッド”を共同経営し、実業家としても成功する。妻はケネディ元大統領のめいマリア・シュライバー。

ジャッキー・チェン

迫力ある映像を追い続ける国際的アクション・スター
出演作「プロジェクトA HDデジタルリマスター版」('84)が29日(木)にテレビ東京系で放送。体を張った命がけのアクション、絶やさぬ笑顔など、常に観客を楽しませるサービス精神で根強い人気を誇るチェン。デビュー当時は“ブルース・リーの後継者”と言われたが、蛇形派拳法の秘技を体得し、敵対する一派と戦う青年を描いた「スネーキーモンキー 蛇拳」('76)でカンフーを怒りや死と結びつけるリーとは対照的な、喜劇性重視のコミカル・カンフー・アクションを開拓。この芸風はその後も続き、チェンの日本初公開作「ドランク・モンキー 酔拳」('78)によってアジアで大ブレークした。サモ・ハン、ユン・ピョウ共演の娯楽大作「プロジェクトA」では、時計塔からの落下シーンなどスタントなしの驚異のアクションを次々と披露。ユーゴスラビアで撮影した「サンダーアーム 龍兄虎弟」('86)では木の枝へのジャンプに失敗して頭蓋骨骨折を負うなど、何度も大ケガを負うが、あくまで危険なアクションに挑戦し続けるところにアクション・スターとしての不屈の精神がうかがえる。「レッド・ブロンクス」('95)によって米国でも人気を得るようになったジャッキーは、「ラッシュアワー」('98)「シャンハイ・ヌーン」(2000)とヒット作を連発。チャイニーズ・シアター前に手形を残す、国際的スターとしての地位を確立した。4月で54歳を迎える今もアクション・スターとして現役で、クリス・タッカーとの絶妙なコンビネーションによる“ラッシュアワー”シリーズの第3弾「Rush Hour3」を、現在撮影中。4月7日(土)からは、泥棒という初の悪役を演じる「プロジェクトBB」が公開。泥棒仲間とともに富豪の赤ちゃんを盗んでしまい、ユン・ピョウふんする警察官と悪者組織から追われるというストーリーだ。

PROFILE
'54年4月7日、香港生まれ。父はフランス大使館の料理人。7歳のとき中国戯劇学院に入学、10年間京劇やカンフーなどのスパルタ教育を受ける。'62年「大小黄天覇」で映画デビュー。学院在学中からスタントマンとして働きはじめ、ブルース・リー主演の「ドラゴン怒りの鉄拳」('71)のスタントが高く評価される。一時は映画界を退いてオーストラリアに住むが、'76年にカムバック。「クレージーモンキー 笑拳」('79)からは、監督業もこなすようになり「ポリス・ストーリー 香港国際警察」('85)などヒット作を手掛ける。'80年「バトルクリーク・ブロー」で米国進出を果たすが、本格的にハリウッドで認められたのは「レッド・ブロンクス」以降。

ケート・ベッキンセール

アクションで新たな魅力を開花させた知性派英国女優
出演作「ヴァン・ヘルシング」(2004)が18日(日)にテレビ朝日系で放送。両親共に俳優という家に生まれ、18歳ごろから女優としての道を歩むことを決意していたベッキンセールは、名門オックスフォード大学在学中に、英国演劇界の風雲児ケネス・ブラナーがシェークスピア劇に挑んだ「から騒ぎ」('93)でメーンキャストに抜擢され、映画デビュー。その後、TVドラマや劇団とともにイギリス国内ツアーで回るなど舞台の経験を積み、'98年に「ラスト・デイズ・オブ・ディスコ」でアメリカに進出。2001年「パール・ハーバー」でヒロインを演じ、ブレークを果たす。「セレンディピティ」(2001)などラブ・ロマンスの似合う正統派美人女優としてのイメージが強かったが、一転、2003年の「アンダーワールド」では苦手なアクションに初挑戦し、新境地を広げる。黒のタイトなレザースーツを身にまとったバンパイア役が当たり役となり全米No.1の大ヒット。知性派英国女優としての気品と美しさのみならず、クールなコスプレ・アクション・ヒロインとしても魅力を開花させた。また、往年の人気スター、エバ・ガードナー役の「アビエイター」(2004)では、妖艶でたくましい彼女を演じるために体重を増やし、人工肌を張り付けて顔を変えるなど相当の研究と努力を重ねて演じ切り、女優としての懐の広さを見せつけた。今後も、隠しカメラが仕掛けられたモーテルに泊まった夫婦の恐怖を描くスリラー「Vacancy」(4月全米公開)、南極で起きた初の殺人事件を調査する女性捜査官を演じるアクション・スリラー「Whiteout」(2008年全米公開予定)など多彩な出演作が控えている。

PROFILE
'73年7月26日生まれ、英・ロンドン出身。喜劇俳優の父とTVドラマ女優の母を持つ。パブリック・スクール(私立学校)に通っていた当時、出版社主催の児童文学賞で小説やポエム部門で2年連続入賞するなど、才媛ぶりを発揮していた。拒食症や喫煙癖など不安定な思春期を経て、'91年、TV映画「風に向かって」でデビュー。その後、オックスフォード大学に進学しフランス文学とロシア文学を専攻していたが、ほどなく演劇科に転向。在学中に4本の映画に出演するなど人気を得るようになり、女優業に専念するため'94年に中退する。プライベートでは、長年交際し、'99年に1女をもうけていたマイケル・シーンと共演の「アンダーワールド」撮影中に破局。その後、2004年に同作品の監督レン・ワイズマンと結婚し大きな話題となった。「アンダーワールド:エボリューション」(2006)では彼女が演じるセリーンの少女時代を娘のリリー・モ・シーンが演じている。

オーウェン・ウィルソン

端正なマスクとコミカルさのギャップが魅力のブロンド俳優
オーウェン・ウィルソン主演作「エネミー・ライン」(2001)が11日(日)にテレビ朝日系で放送。輝くような金髪に青い瞳、甘いマスクが印象的なウィルソン。もともと作家志望だった彼は、大学在学中に戯曲の講義で知り合った盟友ウェス・アンダーソン監督の影響で俳優としての道を歩み始める。アンダーソンと共同で執筆した脚本が「恋愛小説家」('97)のジェームズ・L・ブルックス監督の目に留まり、'96年「アンソニーのハッピー・モーテル」(日本未公開)として映画化され、アンダーソンが監督、ウィルソンは主演として映画デビューを飾る。「アナコンダ」('97)、「アルマゲドン」('98)といった話題作への出演を重ね、ジャッキー・チェンとコンビを組んだ「シャンハイ・ヌーン」(2000)あたりから知名度を上げる。その後は、やんちゃな若者や二枚目だがどこかとぼけた感じの青年役でコメディーを中心に活躍。中でも、エディ・マーフィ共演の「アイ・スパイ」(2002)や、ベン・スティラー共演の「スタスキー&ハッチ」(2004・日本未公開)などのバディ・ムービーで、個性の強い相棒とは正反対に、アクがなく相手の魅力を引き立たせるような役柄で大きな存在感を示している。そんな彼は、17日(土)に公開されるスティラーの主演作「ナイトミュージアム」にノークレジットで出演している。その他の新作に、いじめられっ子の高校生2人が用心棒を雇うコメディー「Drillbit Taylor」、父親の死後にインドを旅行する3兄弟を描くアンダーソン監督の新作「The Darjeeling Limited」が製作進行中。

PROFILE
'68年11月18日、米・テキサス州生まれ。TV局の広報担当の父、写真家の母を両親に持つ。兄弟も俳優で、兄は「ビッグ・バウンス」(2004)のアンドリュー・ウィルソン、弟は「Gガール 破壊的な彼女」(2006)のルーク・ウィルソンで、兄弟での共演作も多い。ジャッキーやスティラーら共演者との親交が深く、特に、「天才マックスの世界」('98・日本未公開)、「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(2001)、「ライフ・アクアティック」(2004)と、アンダーソン監督作には脚本、俳優として全作品に携わっている。「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」でアカデミー賞脚本賞にノミネートされるなど、脚本家としての評価も高い。プライベートでは、「トラブル・マリッジ カレと私とデュプリーの場合」(2006・日本未公開)で共演したケート・ハドソンとのスキャンダルがしばしば報じられている。

エディ・マーフィ

下ネタ満載のマシンガン・トークで観客を魅了するコメディー俳優
エディ・マーフィ主演作「ドクター・ドリトル」('98)が4日(日)にテレビ朝日系で放送。TVバラエティー「サタデー・ナイト・ライブ」で、放送禁止すれすれの下品なギャクと有名人の物まねを披露して、一躍人気コメディアンとなったマーフィ。映画デビュー作「48時間」('82)で口八丁手八丁のチンピラを軽妙に演じた彼は、その後の主演作「大逆転」('83)、「ビバリーヒルズ・コップ」('84)などが次々とヒットし、20代前半にしてNo.1黒人スターに。当時のハリウッド製の大掛かりな娯楽作では、まだアフリカ系アメリカ人が主演することは少なく、早口でまくしたてるマシンガン・トークで一世を風靡した彼は、ウーピー・ゴールドバーグやウィル・スミスなどの黒人スターの先駆けとなった。'90年代には人気が下降したものの、肥満体の教授を演じた“ナッティ・プロフェッサー”シリーズや動物の言葉が分かる医者に扮した“ドクター・ドリトル”シリーズで鋭くキレのあるギャグ・センスを取り戻し、見事トップに返り咲く。2000年以降も「チャーリーと14人のキッズ」、「ホーンテッドマンション」(ともに2003)などファミリー向けのコメディー作品で安定した地位を築いている。公開中の「ドリームガールズ」(2006)では、故ジェームス・ブラウンをイメージしたと言われているソウル・シンガー役で圧倒的なパフォーマンスと歌声を披露。これまで映画賞に無縁だった彼だが、「ドリーム―」の好演でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされ、演技派俳優として認められた。新作の「Norbit」が米国で現在ヒット公開中。肥満女性と結婚する羽目になった青年が巻き起こす騒動を描く。特殊メークで大変身して肥満女性、青年とその育ての親の一人3役を演じている。また、声優を務めた「シュレック3」(2007)が6月30日に日本公開予定。

PROFILE
'61年4月3日、米・ニューヨーク生まれ。15歳から自分で台本を書き、コメディアンとして地元のショーなどに出演していた。'82年、パラマウントと5作品で1500万ドルという異例の契約を結んで映画界入り。その後、歌手デビューを果たし、'84年にはグラミー賞を獲得。マシンガン・トーク以外に変装芸も得意とし、「星の王子ニューヨークへ行く」('88)では一人4役、「ナッティ・プロフェッサー クランプ家の面々」(2000)では、特殊メークを駆使して一人9役を演じている。'89年「ハーレム・ナイト」では監督、脚本を兼ねて主演した。'92年、元モデルである女性との間に男の子をもうけ、翌年結婚。計5人の子どもに恵まれたが、2006年に離婚した。

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