ミア・ファロー
ウディ・アレンのミューズとして一世を風びした個性派女優
主演作「フォロー・ミー」('72)が27日(土)に衛星第2で放送。
独特の雰囲気と高い演技力で抜群の存在感を放つファロー。「バタシの鬼軍曹」('64)で本格的な映画デビューを果たした彼女の出世作となったのは、鬼才ロマン・ポランスキー監督によるオカルト・ホラー「ローズマリーの赤ちゃん」('68)だった。ファローは、悪魔信仰集団のたくらみで悪魔の子供を産んでしまう若妻役で鬼気迫る演技を見せ、「彼女の演技は俳優と役柄が奇跡ともいえる神話的な合致を見せた希有な例」等、批評家の絶賛を浴びた。同作で最も注目される若手女優の1人となったファローは以降、夫の依頼で自分を尾行する探偵と交流を結ぶ新妻にふんした「フォロー・ミー」や、一家惨殺事件の鍵を握る盲目の少女を演じた「見えない恐怖」('71)などで繊細な個性を発揮。同時に、ロバート・レッドフォード(「華麗なるギャツビー」('74))や、ロバート・アルトマン監督(「ウエディング」('78))など名だたるスターや監督との仕事を通してトップ女優の地位を確立していく。
そして'81年、ウディ・アレンとの出会いが彼女のキャリアを大きく変化させることになる。ファローは公私にわたるパートナーとして、「サマー★ナイト」('82)から「夫たち、妻たち」('92)まで13本のアレン作品に出演。生来の神経質な風情に、アレンによって引き出されたキュートなコメディエンヌとしての魅力が加わり、俳優としての幅をさらに広げていった。
中でも人気の高い作品の1つが、ファンタスティック・コメディー「カイロの紫のバラ」('85)だ。同作でファローが演じたのは、失業中の夫を抱え、映画に生きがいを求めるウエートレス。その頼りなげで楚々とした佇まいは、撮影時に40歳近くだったことが信じられないほどの可憐さで、多くの映画ファンを魅了した。“ギネスブックもののコンビ”とまでいわれた2人だったが、'93年にファローがアレンと中国系養女の性的関係を告発して破局。その後しばらく、ファローは作品に恵まれず低迷が続いた。そんな彼女が再び脚光を浴びたのが、'76年製作の同名ホラーをリメークした「オーメン」('06)での演技だった。悪魔の子ダミアンの乳母にふんしたファローの演技を多くの人々が称賛。さらに最新作「僕らのミライへ逆回転」('08)では、「カイロの―」の役柄をほうふつとさせる映画をこよなく愛する女性を演じてファンを喜ばせ、復活ぶりを印象づけた。
PROFILE
'45年2月9日にアメリカ・カリフォルニア州で、映画監督ジョン・ファローと女優モーリン・オサリバンの間に生まれる。'62年にニューヨークに渡って演技やダンスを学び、翌年オフ・ブロードウェーに出演。'64年から放映されたTVシリーズ「ペイトンプレイス物語」のアリソン役で知名度を上げた。プライベートでは、'66年に30歳上のフランク・シナトラと結婚するが、'68年に離婚。'70年には作曲家のアンドレ・プレビンと再婚し6児の母となるが、'79年に離婚している。ユニセフの親善大使を務めるほか、スーダン・ダルフールの紛争解決へ向けた活動を行うなど、社会運動にも積極的に取り組んでいる。
主演作「バレット モンク」(2003)が11日(木)にテレビ東京系で放送。