平清盛

NHK総合ほか

1月8日スタート 毎週日曜20:00-20:45ほか


脚本:藤本有紀
演出:柴田岳志
出演:松山ケンイチ、玉木宏、松田翔太、深田恭子、中井貴一ほか

第20回 (5月20日放送)

1156(保元元)年7月、鳥羽法皇(三上博史)が崩御した。頼長(山本耕史)は、崇徳上皇(井浦新)に近づいて天下を取ろうと結託し、為義(小日向文世)ら源氏も上皇に付く。一方、信西(阿部サダヲ)は謀反の動きを察知し、後白河天皇(松田翔太)を守るべく武士を招集。天皇方には忠通(堀部圭亮)、そして為義と決別した義朝(玉木宏)も付く。平氏の間でも上皇派と天皇派に意見が二分する中、清盛(松山ケンイチ)はどちらにも付かないと宣言。武士が政に携われるよう、返事を先延ばしにして双方の戦の恩賞を引き上げる作戦だった。しかしそれを天皇に見抜かれ、「戦に勝っても武士は朝廷のイヌでしかない」とくぎを刺されてしまう。やがて清盛は天皇方に加勢すると決めるが、清盛に不満を持つ頼盛(西島隆弘)は、上皇方に回ろうとし、平氏は分裂の危機に。

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第19回 (5月13日放送)

1155(久寿2)年7月。後白河天皇(松田翔太)が即位し、朝廷は騒然となる。信西(阿部サダヲ)は、鳥羽法皇(三上博史)への助言が功を奏し、政での実権を握ったと満足げな様子。その裏で、崇徳上皇(井浦新)は法皇への憎しみを増幅させ、片や法皇は、写経に没頭し贖罪していた。清盛(松山ケンイチ)は、この父子関係を修復しようと決意する。そんな折、法皇が目の痛みを訴え、「頼長(山本耕史)が呪ったのでは」とのうわさが流れる。頼長は法皇に弁明しようとするもかなわず、失脚する。同じころ、義朝(玉木宏)が義賢(阪本浩之)を襲って「友切の太刀」を奪い、為義(小日向文世)との決別が決定的に。やがて10月。後白河天皇即位のうたげの席に、上皇から祝いの歌が届く。だが歌には憎しみの意が込められていると判明。法皇は怒り狂い、そのまま倒れてしまう。

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第18回 (5月6日放送)

1154(久寿元)年春。近衛天皇(北村匠海)の容態が悪化し、美福門院(松雪泰子)は祈りをささげる。一方、鳥羽法皇(三上博史)は、崇徳上皇(井浦新)を虐げてきたせいだと自責の念に駆られていた。そんな法皇を案じる家成(佐藤二朗)も、同じころ病に伏す。家成は、見舞いに訪れた清盛(松山ケンイチ)に法皇の力になってほしいと頼み、やがて死去する。同年11月、清盛は上皇に謁見。上皇は天皇の没後、重仁親王(雄大)がみかどの座に就くものと考え、政に携われると血気盛んに。協力を求められた清盛は、法皇に忠義を尽くす身と断るも、上皇の情熱に心を動かされる。その後、清盛は法皇と上皇の仲を取り持つことを決断。法皇に謁見し、上皇にわびてほしいと申し出る。そんな中、雅仁親王(松田翔太)はわれ関せずと、美濃へ旅に出る。

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第17回 (4月29日放送)

1153(仁平3)年冬。平氏一門の棟梁になった清盛(松山ケンイチ)は、忠盛(中井貴一)の遺志を継ぎ、家人の前で武士の地位向上を宣言した。だが程なく、棟梁の務めが手に余り、忠盛の偉大さを思い知る。そんな折、家成(佐藤二朗)が棟梁のお披露目をするための歌会を提案する。歌の苦手な清盛は信西(阿部サダヲ)に助けを求めるが、あっさりと断られて窮地に追い込まれる。前日になってもまだ歌が浮かばずにいら立ち、つい時子(深田恭子)に八つ当たりして、明子(加藤あい)と比べる発言をしてしまう。一方、義朝(玉木宏)は側室に迎えた常盤(武井咲)を心の支えに、気力体力共に満ちあふれていた。だが、為義(小日向文世)はそんな義朝が目障りになり、源氏の跡継ぎの証しである「友切」を義賢(阪本浩之)に授け、東国へ向かわせる。

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第16回 (4月22日放送)

1150(久安6)年9月。為義(小日向文世)ら源氏が、忠通(堀部圭亮)の屋敷を襲い、藤原摂関家の家宝である「朱器台盤」を強奪する。それは忠実(國村準)の命令で、頼長(山本耕史)を藤原家の氏長者に据えて権力を持たせるためだった。義朝(玉木宏)は為義を軽蔑し、ただの盗賊だとなじるが、為義は源氏が生き残るためと開き直る。やがて美福門院(松雪泰子)の望みで忠盛(中井貴一)が刑部卿に就任し、清盛(松山ケンイチ)は安芸の国司に任命される。鳥羽法皇(三上博史)に謁見した忠盛は、その帰りに為義に遭遇。地位が上がったら、源氏と平氏で決着をつけようと宣戦布告される。程なくして清盛は、盛国(上川隆也)ら家人を連れて安芸へ。国府の官人から豪華な料理でもてなされ大はしゃぎするが、そのころ忠盛は突然の病に倒れていた。

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第15回 (4月15日放送)

1149(久安5)年3月。落馬死した家盛(大東駿介)の亡きがらを前に、忠盛(中井貴一)は言葉を失う。清盛(松山ケンイチ)がみこしに矢を放った罰を家盛がかぶったと考える忠正(豊原功補)は、「清盛が代わりに死ねばよかったのに」となじる。平氏一門の絆は、家盛の死で亀裂が生じていた。やがて5月。清盛は、忠盛と共に鳥羽法皇(三上博史)に謁見。法皇に忠義を尽くすことが家盛の望みだったと話す忠盛に、清盛は驚く。すると法皇は、落雷で炎上した高野山の宝塔再建を所望。忠盛が名乗りを上げ、清盛を名代として推し進めることに。7月に入り、清盛は高野山の宝塔造営に着手。だが、この大役を果たし、忠盛を公卿に昇進させることが家盛の本望であるのか、釈然としないままだった。そこに「西行」と名を改めた義清(藤木直人)が現れる。

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第14回 (4月8日放送)

賀茂の祭礼で平氏を代表して舞を披露するため、清盛(松山ケンイチ)は稽古に励んでいた。だが清盛は、比叡山延暦寺を相手にした騒動が原因で謹慎となり、家盛(大東駿介)が代役を務めることに。先だって家盛から「嫡男と認めない」と敵意をむき出しにされた清盛は焦りを感じ始める。やがて祭礼当日。舞の大役を平氏が行うことに不服だった頼長(山本耕史)は、家盛の舞を見て一転。その美しさに目を奪われ、家盛が正妻の子で、本来は嫡男であると知ると、さらに関心を持つ。後日、家盛が頼長の屋敷に招待されると、平氏を敵視する藤原家が歩み寄ったと、忠正(豊原功補)らは大喜び。忠盛(中井貴一)も家盛の手柄を褒める。居たたまれず場を去った清盛は義朝(玉木宏)に会い、珍しく意気投合。するとそこに美しい娘・常盤が現れ、二人はくぎ付けになる。

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第13回 (4月1日放送)

1147(久安3)年6月。清盛(松山ケンイチ)は一門繁栄を祈願するため、僧の姿で田楽を演じる田楽法師と盛国(上川隆也)、兎丸(加藤浩次)ら家来を従えて祇園社を訪れる。道中、兎丸と祇園社の神人との小競り合いから大乱闘に発展すると、祇園社を配下に収める比叡山延暦寺の学侶・明雲(腹筋善之介)や鬼若(青木崇高)は激怒し、鳥羽法皇(三上博史)に厳重な処罰を下すよう求める。そんな折、先手を打った忠盛(中井貴一)が兎丸や盛国らを検非違使に差し出すが、逆に明雲の怒りが増幅。僧兵らが強訴を起こし、みこしを担いで忠盛と清盛の流罪を訴える。源氏は対処を命じられ、みこしに配慮し応戦するが、清盛は堂々とみこしに矢を放ってしまう。これにより頼長(山本耕史)を筆頭に清盛を流罪にすべきとする動きが強まり、平氏存続の危機が訪れる。

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第12回 (3月25日放送)

1144(天養元)年7月、朝廷に不満を抱く比叡山延暦寺の僧兵が、強訴を繰り返していた。鳥羽法皇(三上博史)の命令により、平氏は武力と財力を駆使して強訴を収束。だが法皇が忠盛(中井貴一)を公卿に任命することはなく、見兼ねた通憲(阿部サダヲ)が直訴。武士は必要と訴えるが、法皇にも頼長(山本耕史)にも聞き入れられず、失望した通憲は出家。名を「信西」と改める。信西から話を聞いた清盛(松山ケンイチ)は、嫌気が差して自暴自棄に。明子(加藤あい)を亡くした悲しみも癒えず、心配して訪ねた時子(深田恭子)に八つ当たりする。だが、時子の弟・時忠(森田剛)は清盛に興味を持ち、時子を後妻に迎えてほしいと頼む。一方、待賢門院(檀れい)が病に伏し、法皇が季節外れの水仙を探すよう命令。一門のためにと探す清盛の前に、水仙を手にした義朝(玉木宏)が現れる。

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第11回 (3月18日放送)

義清(藤木直人)の突然の出家に清盛(松山ケンイチ)は傷つき、崇徳天皇(井浦新)も憔悴していた。天皇から義清の出家の理由を尋ねられた清盛は、王家の騒動の犠牲になったのだと悔しさをぶつける。さらに、自分も天皇と同じく亡き白河法皇(伊東四朗)の子であることを明かし、それでも面白く生きていくと力強く断言。天皇は衝撃を受ける。そんな折、天皇に皇子・重仁が誕生。得子(松雪泰子)の暗躍によって次期天皇は躰仁親王に決まっていたが、天皇は鳥羽上皇(三上博史)に初めて歯向かい、重仁にみかどの座を譲りたいと迫る。上皇は気おされるが、得子は微動だにせず次の手を打つ。一方、忠盛(中井貴一)らが一門繁栄のための方策を練る中、清盛は投げやりに。王家も摂関家も眼中にないと言う清盛を家盛(大東駿介)が強くいさめ、家臣らを驚かせる。

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第10回 (3月11日放送)

1139(保延5)年8月。得子(松雪泰子)は躰仁親王を次のみかどにともくろむが、自身の身分の低さが壁に。そこで、子に恵まれない崇徳天皇(井浦新)の養子に据えるべく、中宮の父・忠通(堀部圭亮)に近づき、親王を次期天皇の座に収める。同じころ、璋子(檀れい)をひそかに愛してしまった義清(藤木直人)は、鳥羽上皇(三上博史)への怒りを募らせていた。その様子から、清盛(松山ケンイチ)は義清が武士として奮起したのだと勘違いし、頼もしく思う。さらに「武士は王家のイヌではない」という義朝(玉木宏)の言葉を思い出し、義清が武士の地位向上のための要であると確信する。やがて、雅仁親王(松田翔太)が元服。そんな折、得子が雅仁を侮辱し、激怒した璋子がつかみ掛かって騒動に。義清は璋子の様子が気に掛かり、堀河局(りょう)の忠告を無視して璋子を待ち伏せする。

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第9回 (3月4日放送)

1138(保延4)年、明子(加藤あい)が男児を出産。清盛(松山ケンイチ)は血を分けたわが子の存在に涙し、盛国(上川隆也)ら家人と祝宴を催す。程なく「清太」と名付け、祇園女御(松田聖子)に面会。成長した清盛の姿に喜ぶ女御だが、「亡き白河法皇(伊東四朗)がまいた災いの種が芽吹きだしている」と予見じみた言葉を残し、隠居する。そのころ王家では、崇徳天皇(井浦新)が、鳥羽上皇(三上博史)に疎まれ続けたまま子供にも恵まれず、義清(藤木直人)の歌のみを心のよりどころとしていた。そんな折、清盛は義清から、天皇の出生の秘密と、上皇が璋子(檀れい)への復讐心から得子(松雪泰子)を溺愛していることを聞く。女御の言葉を思い出す清盛だったが、やがて得子が念願の皇子を出産。清盛も招かれた祝宴の席で、義清の詠んだ歌が波紋を呼ぶ。

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第8回 (2月26日放送)

1136(保延2)年秋。清盛(松山ケンイチ)は盛国(上川隆也)ら家臣と共に博多の市へ。平氏は朝廷の目を盗んで宋の商人とひそかに取引を行い、宋の品を王家に献上し財を蓄えていた。初めて取引に立ち会った清盛は、生き生きとした市の光景に感動し、貿易に興味を持ち始める。そのころ朝廷では、鳥羽上皇(三上博史)に溺愛される得子(松雪泰子)が幅を利かせていた。璋子(檀れい)の好きな水仙を菊に植え替えさせ、うたげを開催。その席で上皇に歌を披露した義清(藤木直人)は、やがて崇徳天皇(井浦新)に泣き付かれ、天皇が璋子と亡き白河法皇(伊藤四朗)の子と知り衝撃を受ける。一方、清盛は兎丸(加藤浩次)らと共に、宋の品を民に広めようとする。ところが王家に献上した杯を不審に思った内大臣・藤原頼長(山本耕史)に目を付けられてしまう。

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第7回 (2月19日放送)

平氏が海賊討伐を成し遂げ、京に凱旋。忠盛(中井貴一)に三位への昇進の期待が掛かるも、鳥羽上皇(三上博史)の命令で代わりに清盛(松山ケンイチ)が昇進。忠盛は武士として初の公卿の地位に就くことがかなわず、悔しさをかみしめる。片や清盛は、忠実(國村隼)から上皇には武士を公卿に取り立てる気はないと聞かされ、複雑な心境に。そんな折、清盛と盛国(上川隆也)は夜道で下級貴族の高階基章(平田満)と娘の明子(加藤あい)を助け、その礼に明子の手料理でもてなされる。そこで清盛は、基章から明子を嫁にもらってほしいと頼まれ仰天。平氏の御曹司に対して失礼といさめる明子だが、清盛は手際よく働く明子に好感を抱くようになる。同じころ、朝廷では得子(松雪泰子)が皇女を出産していた。だが得子は、皇子を産んだ璋子(檀れい)への嫉妬から、自分も皇子出産に執着し始める。

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第6回 (2月12日放送)

海賊討伐に乗り出した平氏一族が、忠盛(中井貴一)の指揮の下、攻撃を開始。だが、激しい乱闘にひるんだ清盛(松山ケンイチ)が狙われると、清盛をかばって盛康(佐戸井けん太)が斬られてしまう。清盛は自身のふがいなさを恥じて、挽回するために舟に乗って海へ。海賊の頭領の正体を突き止めるべく、唐船の捜索に出掛ける。その途中、清盛は通憲(阿部サダヲ)に出くわす。唐船に潜み宋に渡るという通憲に仰天する清盛だが、宋での豊かな暮らしを聞き、関心を寄せ同行する。だがその直後、海賊に捕らわれ人質にされる。そのころ朝廷では、得子(松雪泰子)が鳥羽上皇(三上博史)の子を懐妊。得子は璋子(檀れい)に嫌みを言うも、璋子は顔色一つ変えない。その様子を堀河局(りょう)から聞いた義清(藤木直人)は、璋子の心は空っぽだと指摘し、興味を持ち始める。

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第5回 (2月5日放送)

清盛(松山ケンイチ)と義朝(玉木宏)が義清(藤木直人)の館に招かれ、3人は理想の生き方について語り合う。清盛は「面白く」、義朝は「強く」、義清は「美しく」生きたいと述べ、三者三様。だが3人は互いを認め合っていた。そのころ朝廷では、中流階級の貴族・藤原長実(国広富之)が璋子(檀れい)に面会し、娘の得子(松雪泰子)を崇徳天皇(井浦新)のきさきにしてほしいと懇願していた。璋子は重い病を患う長実をふびんに思い、鳥羽上皇(三上博史)にとりなすと約束。だが上皇は、璋子と天皇への恨みから、得子を手込めにしてしまう。やがて1135(保延元)年春。西海の海賊が凶暴さを増して問題となり、上皇から平氏に追討の命令が下される。そこで清盛はいよいよ初陣を飾ることに。平氏がますます勢いづく中、義朝は武力を蓄えるため、東国修行に旅立つ。

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第4回 (1月29日放送)

清盛(松山ケンイチ)は、鳥羽上皇(三上博史)の警護役・北面の武士となり、御所に勤め始める。文武両道かつ容姿端麗な良家の子息らが集まる中、流鏑馬や歌をたしなんでこなかった清盛は、醜態をさらしてしまうなど、浮いた存在になっていた。一方、義清(藤木直人)はひときわ異彩を放ち、璋子(檀れい)の女房・堀河局(りょう)からも一目置かれる。最初は義清の事を気に入らない清盛だったが、程なく友情を深めていく。そのころ上皇は、白河法皇(伊東四朗)と密通していた璋子を許せないまま深く傷ついていた。忠盛(中井貴一)はその隙に入り込もうと、得長寿院に千体観音を寄進。上皇は心をほだされ、やがて忠盛は武士として初の殿上人に昇格する。だが清盛は心底から喜べず、片や義朝(玉木宏)は、やけ酒をあおるふがいない父・為義(小日向文世)を責め立てる。

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第3回 (1月22日放送)

1132(長承元)年。清盛の弟・平次(大東駿介)が元服し、「平家盛」と改名。一方、鱸丸(上川隆也)らと漁村に住み着いて海賊退治に明け暮れていた清盛(松山ケンイチ)は、海賊に間違われて捕らえられ、思わぬ形で忠盛(中井貴一)と再会。清盛は忠盛に「都にとどまるように」と命じられ、ぶぜんとするが、その直後、突如現れた義朝(玉木宏)に勝負を持ち掛けられる。折しも朝廷では、鳥羽上皇(三上博史)が権力の座に就き、藤原忠実(國村隼)が政に復帰していた。上皇に疎まれている崇徳天皇(井浦新)は、さらに孤独のふちへと追いやられる。ある日、源為義(小日向文世)は、義朝を上皇の警護役「北面の武士」にと進言し、源氏の力を盛り返そうともくろむ。しかし上皇は、白河法皇(伊東四朗)に目をかけられていた忠盛の忠誠心を試すため、あえて清盛を指名する。

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第2回 (1月15日放送)

1128(大治3)年秋。平太(松山ケンイチ)はばくち場に出入りし、素行の悪さと高げたを履いていることから、“無頼の高平太”と恐れられるようになっていた。叔父の忠正(豊原功補)はそんな平太が疎ましく、一族の後継者には弟・平次(大東駿介)の方がふさわしいと考える。平太は“平氏のはみ出し者”と自ら烙印を押し、忠盛(中井貴一)らに反抗的な態度を見せるが、胸中では自身の出生に悩み、もがき苦しんでいた。そんな折、平太は高階通憲(阿部サダヲ)と出会い、白河法皇(伊東四朗)が発布した「殺生禁断令」の話を聞く。それは、狩りや漁を禁ずるだけでなく、鳥やイヌの飼育すらできない横暴なものだった。鱸丸(後の盛国・上川隆也)と海に出た平太は、漁師の生活苦を知り、白河法皇への怒りを募らせる。そして間もなく元服し、「平清盛」と改名する。

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第1回 (1月8日放送)

平安時代末期、武士の身で太政大臣となり、日本の覇者となった平清盛の生涯を、源頼朝目線でつづる。清盛役は松山ケンイチ。1185(元暦2)年3月。源氏が「壇ノ浦の戦い」に勝利し、平氏を滅亡させた。鎌倉で知らせを受けた源氏一族は歓喜に湧くが、頼朝(岡田将生)は一人、「清盛なくして、武士の世は来なかった」と思わず吐露し、一同を驚かせる。さかのぼって1118(元永元)年1月。盗賊の出没により治安が悪化した都で、忠盛(中井貴一)は盗賊・朧月(隆大介)の一味を討ち、手柄を立てる。一方、源氏は、白拍子の舞子(吹石一恵)の捜索に奔走。舞子は白河法皇(伊東四朗)の子を宿し、王家の災いの種として命を狙われていた。そんな折、忠盛は行き倒れている舞子を介抱。舞子は男児(後の清盛)を出産する。

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