鞍馬天狗
NHK総合
1月17日スタート 毎週木曜20:00-20:45出演:野村萬斎、京野ことみ、羽田美智子、石原良純、徳井優、杉本哲太、緒形直人ほか
解説:文豪・大佛次郎が創作した幕末ヒーロー・鞍馬天狗が、弱者を苦しめる悪を成敗していく時代活劇。狂言師・野村萬斎が8年ぶりのTVドラマ出演。
■場所:'07年12月20日(木)渋谷・NHK
■出席:野村萬斎、古田求(脚本)、古川法一郎(チーフプロデューサー)
司会
では、改めてゲストの皆さんをご紹介させていただきます。
上手(かみて)から、脚本の古田求さんです。(会場拍手) 続きまして、永遠のヒーロー、鞍馬天狗を演じました、野村萬斎さんです。(会場拍手) 最後に「鞍馬天狗」の制作統括、NHK大阪放送局チーフプロデューサーの古川法一郎です。(会場拍手)
それでは最初に、制作統括の古川からごあいさつ申し上げます。
上手(かみて)から、脚本の古田求さんです。(会場拍手) 続きまして、永遠のヒーロー、鞍馬天狗を演じました、野村萬斎さんです。(会場拍手) 最後に「鞍馬天狗」の制作統括、NHK大阪放送局チーフプロデューサーの古川法一郎です。(会場拍手)
それでは最初に、制作統括の古川からごあいさつ申し上げます。
古川P
改めましてNHK大阪古川でございます。お楽しみいただけましたでしょうか、というのが正直な一言なんですけれども。
時代劇というのはいろんな時代劇があります。大河ドラマは一般に歴史ドラマと呼ばれています。それから人情ドラマとか、あるいは「必殺仕事人」みたいなパターンもあります。時代劇と言っても非常に広い範囲のジャンルがあるんですけど、その中で「鞍馬天狗」久々の復活というつもりでやらせていただきました。
ヒーローものっていうのは、やっぱり見せるためにはいろんな工夫が必要だと思います。それから、やっていただく方がどんな個性を持っていらっしゃるかというのも、非常に大きな意味を持ちます。演出の仕方も違います。そんなことを一からいろいろ考えつつやってきて、とりあえず第8回の初回がここまでできたというところでございます。
実はただいまも京都で撮影を続けておりまして、年末クランクアップを目指して、あとしばらくではありますが、大変にシビアな日々を送っております。本来なら、演出の野田という者がやったんですけれども、彼あたりがこの席に来ていて絶対いいはずなんですけれども、その野田がいま京都で飛び回っているという状況です。皆さま方にも、この番組にご協力のほど、ぜひともよろしくお願いいたします。ありがとうございました。(会場拍手)
時代劇というのはいろんな時代劇があります。大河ドラマは一般に歴史ドラマと呼ばれています。それから人情ドラマとか、あるいは「必殺仕事人」みたいなパターンもあります。時代劇と言っても非常に広い範囲のジャンルがあるんですけど、その中で「鞍馬天狗」久々の復活というつもりでやらせていただきました。
ヒーローものっていうのは、やっぱり見せるためにはいろんな工夫が必要だと思います。それから、やっていただく方がどんな個性を持っていらっしゃるかというのも、非常に大きな意味を持ちます。演出の仕方も違います。そんなことを一からいろいろ考えつつやってきて、とりあえず第8回の初回がここまでできたというところでございます。
実はただいまも京都で撮影を続けておりまして、年末クランクアップを目指して、あとしばらくではありますが、大変にシビアな日々を送っております。本来なら、演出の野田という者がやったんですけれども、彼あたりがこの席に来ていて絶対いいはずなんですけれども、その野田がいま京都で飛び回っているという状況です。皆さま方にも、この番組にご協力のほど、ぜひともよろしくお願いいたします。ありがとうございました。(会場拍手)
司会
続きまして、脚本の古田求さん、お願いいたします。
古田
古田でございます。
子どものころに見た「鞍馬天狗」の思い出はありますが、自分にこの仕事が来たときにはちょっとびっくりいたしまして。子どものころの楽しい思い出にもう一度浸れるんだなという気持ちと同時に、若い方たちはご存知ないと思いますけど、当時、「鞍馬天狗」というのは単なるヒット時代劇みたいな感じとは違いまして、社会現象といいますか、あらゆる子どもが皆、鞍馬天狗の真似をしてチャンバラごっこをするような、要するに日本全国踊っていたような、要するに単なるヒット時代劇の枠を超えたものでしたので、それよりいいものになんていう考え、とてもじゃないけど及びませんで。それをどうかみ砕いて…よく考えると、あのころはほかにそんなにテレビもなかった。ほかのテレビゲームやなんかの遊びもなかった。そのせいもあるんだとか、いろいろ自分を勇気づけながら、なんとかあの世界に、それも現代的な新しいものを持ちこんで、工夫して、作り上げてということで、なんとかかんとか、ほかの「スーパーマン」や「月光仮面」に…ま、これも古いんですけど、最近の要するに変身もの、「スパイダーマン」やなんかいろいろ参考にいたしまして、それで最終的に鞍馬天狗の正体を周囲は知らない方がいいということに行きつきまして。ちょっとそういう意味で形を少し変えさせていただいて、鞍馬天狗の登場に工夫を加えて、第1話のような座組みで8話まで続けていこうというふうに考えて作りました。
結果はどうなりましたかは皆さん方の判断で、僕としてはちょっとした大相撲を大きな原作ととったような気分でいます。以上です。(会場拍手)
子どものころに見た「鞍馬天狗」の思い出はありますが、自分にこの仕事が来たときにはちょっとびっくりいたしまして。子どものころの楽しい思い出にもう一度浸れるんだなという気持ちと同時に、若い方たちはご存知ないと思いますけど、当時、「鞍馬天狗」というのは単なるヒット時代劇みたいな感じとは違いまして、社会現象といいますか、あらゆる子どもが皆、鞍馬天狗の真似をしてチャンバラごっこをするような、要するに日本全国踊っていたような、要するに単なるヒット時代劇の枠を超えたものでしたので、それよりいいものになんていう考え、とてもじゃないけど及びませんで。それをどうかみ砕いて…よく考えると、あのころはほかにそんなにテレビもなかった。ほかのテレビゲームやなんかの遊びもなかった。そのせいもあるんだとか、いろいろ自分を勇気づけながら、なんとかあの世界に、それも現代的な新しいものを持ちこんで、工夫して、作り上げてということで、なんとかかんとか、ほかの「スーパーマン」や「月光仮面」に…ま、これも古いんですけど、最近の要するに変身もの、「スパイダーマン」やなんかいろいろ参考にいたしまして、それで最終的に鞍馬天狗の正体を周囲は知らない方がいいということに行きつきまして。ちょっとそういう意味で形を少し変えさせていただいて、鞍馬天狗の登場に工夫を加えて、第1話のような座組みで8話まで続けていこうというふうに考えて作りました。
結果はどうなりましたかは皆さん方の判断で、僕としてはちょっとした大相撲を大きな原作ととったような気分でいます。以上です。(会場拍手)
司会
ありがとうございました。続きまして、鞍馬天狗を演じられました野村萬斎さん、お願いいたします。(会場拍手)
野村
僕はどちらかというと鞍馬天狗という世代よりずいぶん若くなりますので、おぼろげにあのような頭巾をしている存在というふうな記憶がございました。今回やってみて、つくづくその流れを引くもの、私とするとウルトラセブンだったり仮面ライダーだったりが、その幼少のみぎりのヒーローなわけですけど、そういうもののすべての原点なのだなあということを改めて感じました。頭巾はやがてヘルメットになり、白い馬はバイクになりと、刀はピストルになりというような、いろいろな進化というか、時代に合わせていろいろ変わるんでしょうけども、本当に今回やってみて、そのヒーローたるものの原点という認識で演じさせていただきました。
いまどきの、実はそういうお子さま向けの番組を、私も親として時々見ると非常に複雑な、非常にねじれた青年たちがかえってですね、なんて言ったらいいんでしょう(笑)、複雑化していますね、ヒーロー像が。逆に鞍馬天狗はそういう意味では原点回帰で、単純明快というか、正義というものは複雑ではなくて、人の道に反さないことなのだというような感じを、今回は脚本もそうですけれども、監督とも話してきて、なんとなくみんなで、鞍馬天狗ならこうだなというようなつもりで作ってまいりました。
いま、いろいろ工夫というものをわれわれのチームで加えてる段階で、私としても鞍馬天狗と普通聞くと、お能に「鞍馬天狗」っていうのがあるんですね。牛若丸が活躍する曲なわけですね。まさに牛若丸が鞍馬の山で天狗に育てられて活躍するという、ま、そういうことをなぞるようなということを今回、あるいは新しく付け加えさせていただいて。そして私もこういうキャラですから、剣豪っていってもね、ぶった切っていくようなキャラをするよりは、私なりに狂言の舞であるとかそういう舞を生かすためにも、ひらりひらりとする超人的な天狗的な人物ということで、そういうことで殺陣の先生とも話していると。そういう人物造形をしているというところでございます。いま、7話、8話を撮っておりますけれども、皆さまおなじみの「角兵衛獅子」という、昔アラカン(嵐寛寿郎)さんと美空ひばりさんがやられたところに突入してやっております。そこらへんきっと前と比べられるんであろうなと思いつつ、そういうのは古典芸能の役者で慣れているので、私の父や、じいさんに比べられるのはもう慣れているので、そこは別物でもないけれど、現代の感覚にフィットしながら、やっぱり伝統あるひとつの作品でもあるので、「鞍馬天狗」の王道でもありたいというふうに思って、撮影中でございます。そんなところでしょうか。(会場拍手)
いまどきの、実はそういうお子さま向けの番組を、私も親として時々見ると非常に複雑な、非常にねじれた青年たちがかえってですね、なんて言ったらいいんでしょう(笑)、複雑化していますね、ヒーロー像が。逆に鞍馬天狗はそういう意味では原点回帰で、単純明快というか、正義というものは複雑ではなくて、人の道に反さないことなのだというような感じを、今回は脚本もそうですけれども、監督とも話してきて、なんとなくみんなで、鞍馬天狗ならこうだなというようなつもりで作ってまいりました。
いま、いろいろ工夫というものをわれわれのチームで加えてる段階で、私としても鞍馬天狗と普通聞くと、お能に「鞍馬天狗」っていうのがあるんですね。牛若丸が活躍する曲なわけですね。まさに牛若丸が鞍馬の山で天狗に育てられて活躍するという、ま、そういうことをなぞるようなということを今回、あるいは新しく付け加えさせていただいて。そして私もこういうキャラですから、剣豪っていってもね、ぶった切っていくようなキャラをするよりは、私なりに狂言の舞であるとかそういう舞を生かすためにも、ひらりひらりとする超人的な天狗的な人物ということで、そういうことで殺陣の先生とも話していると。そういう人物造形をしているというところでございます。いま、7話、8話を撮っておりますけれども、皆さまおなじみの「角兵衛獅子」という、昔アラカン(嵐寛寿郎)さんと美空ひばりさんがやられたところに突入してやっております。そこらへんきっと前と比べられるんであろうなと思いつつ、そういうのは古典芸能の役者で慣れているので、私の父や、じいさんに比べられるのはもう慣れているので、そこは別物でもないけれど、現代の感覚にフィットしながら、やっぱり伝統あるひとつの作品でもあるので、「鞍馬天狗」の王道でもありたいというふうに思って、撮影中でございます。そんなところでしょうか。(会場拍手)
司会
ありがとうございました。それでは、質疑応答に入らせていただきます。ご質問のある方、手を挙げてください。
記者
萬斎さんに伺います。3月の会見の席で「新しい現代のヒーローを」ということをおっしゃっていたんですが、拝見しまして、いまに求められるヒーローかなという気がしたんですが、時代性みたいなものを本を読みながら演じながら、感じられた部分もあったのではないかと思います。そのあたりをお話いただきたいんですが。
野村
一応、時代設定としては幕末ということになっているんだと思いますけれども、新選組と倒幕の浪人たちが争う京の町というのがひとつの場所の設定なんですね。で、鞍馬天狗という人自体は、桂小五郎をはじめとする、倒幕の方にどちらかというと属しているように見えますが、彼としてはあまりイデオロギーによって行動しているのでは決してなくて、どんなに幕末で混乱の時代、いろんなイデオロギー的にも揺れていたり、鎖国が解け、いろんな情報、価値観が渦巻いている中で、しかし、どんなことがあっても曲げてはならん、例えば単純に人を殺してはならんというような、そういう意味での集団としてとらえられる新選組と対立していくというような意味で、本当に単純な、人としての正義の王道を尽くすのが天狗なのだというふうにとらえてやり始めましたし、いま、「角兵衛獅子」という、アラカンさんもやったし、(市川)雷蔵さんもやられた作品ですけれども、だんだん、ヒーローでもあり一種、杉作という子役が出てくるせいもあるんでしょうけど、ある父親像、一種これは父性、父の…ある存在感なのかなあと。ですから曲がったことは嫌いで、真っすぐな、真正直なことだけが天狗のひとつの理念として動いているということなのかと思いました。
すごく大きな視点でとらえると、いま、世界情勢含めていろんな価値観、多様な情報がある中で、他人と意見や宗教のいざこざで殺されるっていうことは、まさに幕末のイデオロギーによって殺人が大手を振ってまかり通っていることに、やっぱり誰かがNOと言っているという構図にわりあい近いのではないかなと個人的には思います。
すごく大きな視点でとらえると、いま、世界情勢含めていろんな価値観、多様な情報がある中で、他人と意見や宗教のいざこざで殺されるっていうことは、まさに幕末のイデオロギーによって殺人が大手を振ってまかり通っていることに、やっぱり誰かがNOと言っているという構図にわりあい近いのではないかなと個人的には思います。
司会
ほかにございますか?
記者
萬斎さんに伺います。拝見して、(小野)宗房の状態と鞍馬天狗との状態のギャップが楽しめましたが、今後(倉田)典膳の姿にもなるということで、同一人物でありながら3パターン演じられての手ごたえは?
野村
一種コスプレ感覚で自然に(笑)。
全然衣装が違うので、宗房は公家ということで、総髪(そうはつ)と言うんですかね? おさげのような髪をしているわけで。それが倉田典膳になると今度は浪人に身をやつすということで、むしりというカツラになり、はかまもはいていなければ、着流しスタイルということで。見た目も少し、いまは小野宗房という人は長く鞍馬山で修行してた、ちょっと少年ふうな、生い立ちからも始まって少年っぽいイメージっていうところからきてると思いますけど、倉田典膳になるとちょっと大人な気分になり、そしてまあ、鞍馬天狗になるとそういう年齢とか物を超越した、天狗ですから、人間ではありませんっていうので、そういうような、なにか僕の中でも、宗房と典膳では、子供と大人、少年と青年みたいな色分けをしていますし、天狗になると私の培った様式美みたいなもので、しゃべり方も少し抑揚を強くするような。ま、相手と会話するためにしゃべってるのではなくて、もう天狗になっているときにはすでに、天狗としての行動は腹は決まってるわけですね。言語道断に。話し合ってなんとかしようとかいうんじゃなくて、成敗しに来てるわけですから。そういう意味では調子としても会話するというよりも様式美で押していく。ということで天狗の威厳を出せたらなと思っております。
全然衣装が違うので、宗房は公家ということで、総髪(そうはつ)と言うんですかね? おさげのような髪をしているわけで。それが倉田典膳になると今度は浪人に身をやつすということで、むしりというカツラになり、はかまもはいていなければ、着流しスタイルということで。見た目も少し、いまは小野宗房という人は長く鞍馬山で修行してた、ちょっと少年ふうな、生い立ちからも始まって少年っぽいイメージっていうところからきてると思いますけど、倉田典膳になるとちょっと大人な気分になり、そしてまあ、鞍馬天狗になるとそういう年齢とか物を超越した、天狗ですから、人間ではありませんっていうので、そういうような、なにか僕の中でも、宗房と典膳では、子供と大人、少年と青年みたいな色分けをしていますし、天狗になると私の培った様式美みたいなもので、しゃべり方も少し抑揚を強くするような。ま、相手と会話するためにしゃべってるのではなくて、もう天狗になっているときにはすでに、天狗としての行動は腹は決まってるわけですね。言語道断に。話し合ってなんとかしようとかいうんじゃなくて、成敗しに来てるわけですから。そういう意味では調子としても会話するというよりも様式美で押していく。ということで天狗の威厳を出せたらなと思っております。
司会
ありがとうございます。他にはございますか?
記者
萬斎さんに伺います。今回のドラマはナイトシーンが非常に多いということですが、ナイトシーンと乗馬、殺陣、それぞれのご苦労と体調管理についてお聞かせください。
野村
最初、ちょっと危惧(きぐ)したのは天狗が夜にしか現れないっていうことがほぼ決まっていたので、これは夜の撮りが多くなるなということで、確かに太秦の方のオープンセットで夜を徹して撮影しております。それはそれで大変っちゃ大変ですね。私も狂言をやりながらという部分もありますので、朝6時発の、のぞみに乗って、明日もそうだけど。(会場笑) 8時10何分かに京都駅に着き、9時にはメーク部屋に入り、化粧を自分でし、そして10時からドライリハーサルをして、そのまま倉田典膳、小野宗房を撮っていき、夜になると天狗のメークに変えて、それからですから確かに何時間働いているのだろうという気はいたします(笑)。
でも、そういう中で、キャラクターが変わるということで同じ役だけではなくてですね、朝、昼は宗房であったり、倉田典膳をやったりしていて、夜になると疲れたころに天狗をやるとアドレナリンが出るわけですね。(会場笑) まあ、そんなことで乗り切っております。
馬や殺陣も今回練習もしつつ、いろんな方に手助けをしていただいておりますけど、昼間の典膳のときはどうしても芝居が多くなるわけで、それが天狗になると馬に乗ったり、殺陣になると。ということでそこも気分が変わるので、そういう意味では変身もののありがたさ。私も1人で一役だと辛かったかもしれないですけど、1人で二役やると二人分の体力は本当はないけど、あるような気がするんで(笑)。でも、風邪もひいたり、時々できものを作って怒られてみたりという状況です。
でも、そういう中で、キャラクターが変わるということで同じ役だけではなくてですね、朝、昼は宗房であったり、倉田典膳をやったりしていて、夜になると疲れたころに天狗をやるとアドレナリンが出るわけですね。(会場笑) まあ、そんなことで乗り切っております。
馬や殺陣も今回練習もしつつ、いろんな方に手助けをしていただいておりますけど、昼間の典膳のときはどうしても芝居が多くなるわけで、それが天狗になると馬に乗ったり、殺陣になると。ということでそこも気分が変わるので、そういう意味では変身もののありがたさ。私も1人で一役だと辛かったかもしれないですけど、1人で二役やると二人分の体力は本当はないけど、あるような気がするんで(笑)。でも、風邪もひいたり、時々できものを作って怒られてみたりという状況です。
記者
改めてお伺いしたいんですけれども、映像作品の魅力は、どういうところにあると思われますか。
野村
舞台やっているとある程度、狂言なんかですと本当に少ない人数なので、自分の力だけでなんとかしないといけないという部分が大きいわけですが、映像の世界に私も非常に興味をもって引かれるのは、共同作業、チームワークであるということだと思います。
脚本がまずあり、そして演出家がいらして、特に今回感じいったのは京都で初めて撮影すると、いろんな職人気質の方がたくさんいらして、メークもここで撮ってると自分でしないで座ってると顔を作っていただけるんですけど、太秦行くとまず自分でやってくださいって言われるんですね。で、自分でまずメークをし、仕上げだけ見ていただいてOKが出たり、まゆ毛が下手だねとか言って直されるんですけど、そういうところで、役作りに自分で入りなさいと言いながら、またメークの方が仕上げとして「ここは優しいシーンだから優しくしよう」とか、手を加えたりとか。
僕ね、普段はかまは、はかなきゃいけないとずっと習ってたんですよね。それから襟は詰めて着るもんなんですね。狂言師にとって着崩れているということはあり得ないわけで。ところが浪人っていうのは着崩していないといけないというところで、ここが生理的に非常に困難を極めたところでしょうか。(会場笑) 着るときから崩して着せていただいているんですけど、ふと気がつくと自分で直しているんですね、いつの間にか。(会場笑) 襟を詰めて。そしてカメラに向かっているとダメが飛んでくるわけですね。「もっと胸開けてください」と言われてわざと崩す。でも、また自然に直してたりするっていうようなことがあったりとか(笑)。浪人は着流しはかっこいいということですので、開けすぎてもいけないし、品良く開いて、そしてまあ、刀もですね。ただ差していればいいっていうもんじゃない。角度が。歩いて揺れちゃいけない。それから刀の上に手をかけるとヤクザものになるぞとか、いろんなことを教えていただくということに新鮮味を覚えましたし、これも一つの伝統芸に近い、というか伝統芸ですよね。ある意味、そういう職人気質の方々のいろんな知識とかものを受け継いで、また受け渡し、時代劇の伝統っていうものを継承できればなあというふうに本当に切に思いました。
脚本がまずあり、そして演出家がいらして、特に今回感じいったのは京都で初めて撮影すると、いろんな職人気質の方がたくさんいらして、メークもここで撮ってると自分でしないで座ってると顔を作っていただけるんですけど、太秦行くとまず自分でやってくださいって言われるんですね。で、自分でまずメークをし、仕上げだけ見ていただいてOKが出たり、まゆ毛が下手だねとか言って直されるんですけど、そういうところで、役作りに自分で入りなさいと言いながら、またメークの方が仕上げとして「ここは優しいシーンだから優しくしよう」とか、手を加えたりとか。
僕ね、普段はかまは、はかなきゃいけないとずっと習ってたんですよね。それから襟は詰めて着るもんなんですね。狂言師にとって着崩れているということはあり得ないわけで。ところが浪人っていうのは着崩していないといけないというところで、ここが生理的に非常に困難を極めたところでしょうか。(会場笑) 着るときから崩して着せていただいているんですけど、ふと気がつくと自分で直しているんですね、いつの間にか。(会場笑) 襟を詰めて。そしてカメラに向かっているとダメが飛んでくるわけですね。「もっと胸開けてください」と言われてわざと崩す。でも、また自然に直してたりするっていうようなことがあったりとか(笑)。浪人は着流しはかっこいいということですので、開けすぎてもいけないし、品良く開いて、そしてまあ、刀もですね。ただ差していればいいっていうもんじゃない。角度が。歩いて揺れちゃいけない。それから刀の上に手をかけるとヤクザものになるぞとか、いろんなことを教えていただくということに新鮮味を覚えましたし、これも一つの伝統芸に近い、というか伝統芸ですよね。ある意味、そういう職人気質の方々のいろんな知識とかものを受け継いで、また受け渡し、時代劇の伝統っていうものを継承できればなあというふうに本当に切に思いました。
司会
では最後の質問にさせていただきたいと思いますが。
記者
テレビ時代劇は冬の時代と言われることもありますが、萬斎さんは時代劇をいままでどう楽しんでこられたのか、また、時代劇の魅力はどこにあると感じていらっしゃるかお聞かせください。
野村
連続ものになるものは、やはりパターン化しているものという認識がすごくありましたね。それは主に民放でやるような連続ものの意識でしょうか。
あと、私自身は大河ドラマに出させていただいて、歴史ものになるとそういういろんな事柄が起こってくるんでしょうけど、片や映画で「陰陽師」という作品に出ると、なんでもありの創作SFにもなってくるわけで、今回もそういう意味で言うと、そういうものの時代は多少あり、エンターテインメント性もあり、そしてパターンも多少あり、いいとこどりをしていきたいなというふうに、やっぱり天狗が出てくれば待ってましたということになりたいです。といっていつも同じパターンで入浴シーンがあるみたいなことではなくて。(会場笑) …っていうのは冗談です。いまのは、ね(笑)。
例のごとく今回もつくづく小野宗房という人から始まってだんだん大人になっていく成長を垣間見ましたですね。普通こういう連続ものですとキャラクターっていうのはあまり成長しないでいつもこう、女房にしなだれかかって耳掃除してもらってる人が急に夜強くなるみたいなパターンだけなんでしょうけど(笑)、今回、山から出てきたなんとなく田舎の少年っぽいのがだんだん洗練された大人になっていく。そして杉作が現れることで親のような心境になっていくという意味では、大河のように人間の成長を追っていくドラマになっているような気がして、そういう意味で言うと結構いいとこどりをしている時代劇なのではないかと思っております。
あと、私自身は大河ドラマに出させていただいて、歴史ものになるとそういういろんな事柄が起こってくるんでしょうけど、片や映画で「陰陽師」という作品に出ると、なんでもありの創作SFにもなってくるわけで、今回もそういう意味で言うと、そういうものの時代は多少あり、エンターテインメント性もあり、そしてパターンも多少あり、いいとこどりをしていきたいなというふうに、やっぱり天狗が出てくれば待ってましたということになりたいです。といっていつも同じパターンで入浴シーンがあるみたいなことではなくて。(会場笑) …っていうのは冗談です。いまのは、ね(笑)。
例のごとく今回もつくづく小野宗房という人から始まってだんだん大人になっていく成長を垣間見ましたですね。普通こういう連続ものですとキャラクターっていうのはあまり成長しないでいつもこう、女房にしなだれかかって耳掃除してもらってる人が急に夜強くなるみたいなパターンだけなんでしょうけど(笑)、今回、山から出てきたなんとなく田舎の少年っぽいのがだんだん洗練された大人になっていく。そして杉作が現れることで親のような心境になっていくという意味では、大河のように人間の成長を追っていくドラマになっているような気がして、そういう意味で言うと結構いいとこどりをしている時代劇なのではないかと思っております。
司会
ありがとうございました。それでは写真撮影に移らせていただきます。
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